留学のいろいろ (11)

後記・郷土史の悲しみ
読めばわかるとおり、これは「島根の近代留学」とでも言うべきもので、わが家の本棚と近くの図書館にある本をもとに、島根県出身者とそれに関係のある人々の留学体験を書き並べているのだが、すぐに気がつくのは、この人たちの生まれた場所こそ島根県だったりほかの地方だったりしているが、死んだのはたいてい東京である。熊楠がひとり例外と言えるくらいだ(彼の場合和歌山に生まれて熊野に暮らしていたから、さらに下降している)。つまり、留学(公費留学)するのは優秀な人材であり、さまざまな地方で産していても、彼らが働く場所は中央である。中央への頭脳の吸い上げということだ。
地方には「郷土史」という研究ジャンルがあり、そこでは「郷土の偉人」がよく取り上げられる。だが、特に近代以降は、その「偉人」というのはほとんどがその土地で生まれたというだけの人である。鴎外のように10歳で上京したきり一度も故郷に帰ることがなかったというのは(交通不便な時代なら)決して珍しくない。大官の庇護や旧居の観光地化など、出身地に有形無形の恩恵はあるけれども。中央への貢献の度合いをもって郷土の価値が測られ、「郷土史」はそれに喜々として奉仕する。残念さはぬぐえない。
中央の知的支配はもちろん日本だけの現象ではない。西川一三が指摘しているように、チベットでは「政府はハランバの学位(ラマ最高の学位)を得たラマに対しては、年々多額の年俸を支給して厚遇している。(…) 政府が莫大な国費を以てラマの保護政策をとっている目的は、とりもなおさず学位を得た学力、金力あるラマを地方に帰さず、ラサの寺にひきとめ、一生住まわせようとすることにある。国内国外のラマ教圏内のラマ留学を増し、ラマの留学はラマの親戚知人はもちろん、その地方の巡礼者の足をラサに向かわせ、外貨をラサ、すなわちチベットに落とさせようとするのが終局の目的なのである。この政策はチベット政府だけでなく寺においても見られる。寺の各学堂は所属の学堂内に、ハランバ、ツォランバーの最高学位を得たラマや、将来これらの学位を得る見込みのある前途有望なラマがいれば、競って学堂お抱えのラマとしている。立派な部屋を与え、雑僧をつけて、食事から身の回りのすべての面倒をみさせ、何の心配もなく勉強させている。これはひとりでも多くの学問ある高僧を集めておいて、多くの留学生や巡礼者の足を自己の学堂にひきつけるためだ。すなわち巡礼者達による不定期法会を催させ、金を落とさせようとしている。ラマとしても向学心ある学僧は学問のある高僧の集まっている寺に、凡僧は布施の多く出る寺に集まろうとするのが、当然だからである」(西川:195f.)。
首都のラサ的様態。つまり、東京はラサだということだ。文化の中心が三都に分散し、そのほかに地方的な小中心も多数あった江戸時代を思えば、日本近代は極端から極端へ走るありかたをしていたことがわかる。
江戸を廃した東京は、近代化の突出した先端であった。日本の諸地方は(ある程度は東アジアも)東京を模すことによって近代化を進めた。留学生にとどまらず、明治以来の日本は青年層に膨大な上京者の群れを生んだ。日本の唱歌のひとつの特徴は、故郷を懐かしむ歌の多いことである。「ふけゆく秋の夜、旅の空の」「夕空晴れて秋風吹き」「兎追いしかの山」−。これらの歌を作ったのは、もちろん出郷者たち、設計者から作業員まで含む近代日本の建設者たちである。留学エリートらもその構図の中にある。そうであればこそ、「郷土の偉人」をトレースして一国の歴史スケッチが書けるわけで、それならまあ悪いことではないかもしれない。


引用・参考文献
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