最近留学についての本を出したが、これは、好きな人たちの事績を眺め渡すと、近代史の必然であろうか、その多くに留学体験があったので、それを並べてみたらこうなった、というような自然発生的な成り立ちをしている。
島根県出身者が中心となったのも必然で、留学した人など著名人だけとっても文字通り無数だから、何らかのフィルターが必要だ。島根県立図書館から始まったとも言える。コンクリート造りながら美しく巧みに構成された形の明快な建物で、城の堀端にあり、窓からの眺めもいい。松江に住んでいたときよく通ったその図書館に、遺族が寄贈した北尾次郎の独文大長編小説の自筆原稿が所蔵されていた。それを見て、この人について調べ始めたのがそもそものきっかけであった。またここには、本人の寄贈によるものか、松江出身の今岡十一郎の著書も所蔵されている。ハンガリーとの縁からこの人の存在を知ることになった。ハンガリーにいたときに、ベルリンに二度行く機会があった。初回はまだ東ドイツのあったころ、つまり壁が厳然と存在してたきであり、北尾次郎の下宿していた建物を探し当てたら、ちょうど裏側が「壁」となっている場所で、その中には許可証のある者しか入ることができず、表を眺めるだけで終わった。二度目は高校時代の先生を案内して行った。島村抱月の伝記を研究している人なので、抱月のベルリン留学の跡を訪ねることとなった。そのとき鴎外の昔の下宿にあった記念室も訪れた。初回からさほど時をおいていないのに、このときには「壁」が消え失せていた。
このいわゆる東欧革命を目の当たりにしたことで、東欧にはまりこんだ。そののち、ルーマニアにいたときから始まった日本語を教える仕事で、東欧より東のユーラシアの各地へ行くことになった。それが、この本の半分を非欧米のユーラシア地域への「留学」かどうか定かならぬ留学に充てさせることになったと思う。むかし天井桟敷がヨーロッパで盛んに公演していたのに対して、状況劇場が韓国やバングラデシュ、パレスチナで公演を打っていたのに共鳴した過去の心情も影響していたかもしれない。ま、天井桟敷も好きだったけども。
自分に留学経験があること、外国で日本語を教える仕事をしていること(つまり日本へ留学する学生を育てていること)も、この自然的成立に関わっているだろう。取り上げているのは、ほとんどすべて私の住んだこと行ったことのある場所である。そうでないのはパリとアメリカぐらいだ。ラサにも歩をしるしていない。悲運の能海と同じく。
さまざまに読み散らかしてきたものを拾い集めてみたら一冊編めるほどになった、というだけの本であるけれど、まとまればやはりうれしい。理系留学生について薄いのは、筆者の素養の偏りによるところのほかに、書くのが商売でいろいろ書き残している文系の人たちに対し、理系はやはり書いたもの少なく話柄に乏しいという事情もある。
出版に当たっては、引用が多すぎるのが問題視されて苦労した。引用過多については、前に中公新書で吸血鬼の本を出したときもあれこれ言われたが、これはもう私のスタイルなので、どうしようもない。NHKの「ドキュメント72時間」のような番組が好きである。編集というのは、しなければ作品にならないけれど、しかし編集が出しゃばらず、できるだけ生の記録を盛り込んだものが好きでもあり、自分もそのようなものを作りたいと願っている。著者の主張にそって素材をパラフレーズするのは、要するに「小説」である。そして私は小説が嫌いだ。「ドキュメント72時間」のような番組が人気があるならば、私のような書き方も支持されるだろうと思うが、どうだろう。
コロナに強いられた蟄居によってできた本とも言える。「鎖国」が解けたこの時期に出るのも何かの縁かもしれない。
最後にAmazonの内容紹介と目次を引き写しておこう。
西周から能海寛まで、向学心をもち海外へ勉学に赴いた人たち、ジョン万次郎から長谷川四郎まで、望まない結果ながら異国で学びのあった人たち。幕末から敗戦まで、パリからボルネオまでのそんなさまざまな留学のありようを拾いあげ、島根県出身者を中心につづる。
目次
漂流者たち(ジョン万次郎・アメリカ彦蔵)
文久二年(幕府オランダ留学生)
難破
珍談(大学東校留学生・南条文雄)
北京籠城(柴五郎・服部宇之吉・狩野直喜・楢原陳政・石光真清)
客死(笠原研寿)
入蔵志願者(能海寛・寺本婉雅・河口慧海・釈興然)
幸福な留学(北尾次郎・森鴎外・島村抱月・今岡十一郎・八原博通)
留学しなかった人たち(坪内逍遥)
制度の堕落
留学先としての日本(魯迅・増田渉)
奇妙な「留学」辞令(伊東忠太)
留学のような、留学でないような(柴五郎・木村肥佐生・西川一三・李香蘭・長谷川四郎)
引用・参考文献
後記