備忘録/筆順三徳

国語教育と日本語教育は異なる。日本語教師と国語教師が、「書き順は大事ですね」「そうですね」と語り合いうなずき合っている場面で、その同じことばで二人が考えているものはたぶんまったくちがう。日本語教師の念頭にあるのは、「左」「右」や「必」などではない。そんなものは問題でない。彼が問題にしているのは、下から上へ、右から左へ線を引くなというレベルのことである。
外国において「筆順を教える」というのは、上から下、左から右、「口」を一筆書きで書いたり、タテタテヨコヨコと書いたりするな、と教えるということ。4画で書けば「井」になってしまうぞ。
書き順を正しくすると、字がきれいに書ける。これが第一の効用。手書きで早く書くとくずれた続け字になるが、それを読み解くには筆順を知っている必要がある。これが第二。もうひとつ、書き方がいいかげんだと、画数がわからなくなる。「口」は3画で、1画でも4画でもない。画数がわからないと漢字字典がひけない。常用漢字の範囲なら画数がわからなくても調べられる。だが、それ以上になると字典にあたる必要が出てくる。漢字の検索法はいろいろあるけれど、最後の鍵はやはり画数だ。
実際には、学習者の9割以上は常用漢字を超えて漢字を読む必要はない。手書き文字を読む必要もないかもしれない。しかし、大学での語学ならばそれができる人間を養成するのが目標であるはず。その目標に向かって、入門時から配慮しなければならない。
方策としては、まずカタカナの書き順を徹底する。カタカナは漢字の一部分を取ったものだから、これがきちんと書ければ漢字も大丈夫だ。漢字を教える場合、必ず画数を言わせるようにもしておく。画数を気にするくせをつけておけば、きっとあとで役立つ。こんなところだろうか。
(と、もっともらしく述べたあとで思うのだが、下から上へ書くと聞けば、知らない人はきっと驚く。初めて見たときは私も驚いた。今ではもう驚かないが、しかし外国人以前に、ひょっとしたら最近の日本の若い人たちの間ではそんなのは常識で、小学校では別に珍しくなかったりするのでないか? 外国でうかうかしている間に、ススんだ日本の現実に追い越されていることは多いからね。あるかもしれない。もしそうだったら、日本語教師と国語教師のわかりあえる点はふえるけども。)