WM雑感/民族論的に

サッカーの魅力は、その国際性にある。国際的でないものは、サッカーではない。国内リーグでいくら成功を収めても、国際舞台で通用しなければ意味がない。サッカーは、ルールは同じ、フィールドもボールも同一であるにもかかわらず、国によって独特のスタイルがある。国民性、民族性が現われる。
ソ連崩壊まで同一のナショナルチームに統合されていたロシアとアルメニアの試合を見て、目が開かれる思いだった。ロシアが大きく組み立てるサッカーをするのに対し、アルメニアは細かく中央を破ろうとするサッカー。別々の国になってナショナルチームとして戦ってみたら、実はこんなに違っていた。そこに現われているのは、民族性なのだろう。ユース代表も、女子代表も、その国のA代表のスタイルでやっていることからも、それがわかる。
また、ロシアの選手はファウルされても何事もなく起き上がる。転げまわって演技せずにはいられないラテンを想起すると、その違いが際立つ。潔い国民性とはとても思えないのだが、こういうのを見ると、私はロシアをまだ知らないのだと悟らされる。南米のような非能率で圧政的な権力の社会では、頼れるのは自分自身と気の合う仲間だけ。理不尽な環境を才知とテクニックで打開する習慣が、サッカーにもそのままに映し出される。悪しき敵に向けられる生き抜くための狡猾さは、民衆に賞賛される美徳なのだろう。


「国民的三大スポーツ」というものを考えてみたらどうだろう。その競技のスタープレーヤーが国民的英雄で、その故障や不調が世間の話題になるようなスポーツ、ということだが。それはひるがえって、その国民性をも示しているだろうと思う。
日本では、野球・相撲・駅伝(マラソンを含む)というところになるだろうか。仲間のために必死でタスキをつなぐなんて、日本人の心に触れるものね。アメリカでは、野球・アメフト・バスケットか。
ヨーロッパ・中南米キューバやドミニカ、ヴェネズエラを除く)・アフリカ・中近東では、サッカーが最大の人気スポーツであり、この地域のどの国をとっても、まず指を折られるのはサッカーだ。
イングランドでは、サッカーの次にラグビーが来るだろう。フランスの三つの中には、おそらく自転車がはいるだろう。オーストリアではアルペンスキー、ロシアではアイスホッケーがはいってくると思われる。
近代スポーツを作り上げたアングロサクソンの国々や英連邦を見渡すと、おもしろい。
オーストラリアやニュージーランドでは、ラグビー(とその豪州的変種)がいちばんの人気スポーツ。南アフリカでは、白人はラグビーを、黒人はサッカーを愛好しているらしい。カナダでアイスホッケーに人気があるのは知っているが、あの国の事情には疎くて、旧宗主国および言葉を共通にする隣の大国の人気スポーツ、サッカー・ラグビー・野球・アメフトのうちのどれを好んでいるのか、よく知らない。どれを取ってもあまり強そうではないけれど。
中国と並んで今世紀を彼らの世紀にするはずのインドとパキスタンでは、クリケットやホッケーが人気で、クリケット選手が国民的英雄なのに驚く。
だけど、中国は何だろう? 野球ではないし、サッカーでもなさそうだし。卓球が入るのだろうか? クンフー太極拳? 馬軍団?


選手の一覧を見ると、日本を始め、いろいろな国にブラジル人の帰化選手がいる。ブラジル代表にはなれないか、入れてもせいぜい控えというレベルの選手だが、こういうのは決して悪くないと思う。助っ人というのとはちょっと違う。チームというのは選手個々人の力の単純な和ではなく、有機的な結合なのだから、触媒が加わることによって飛躍的な向上も見込めよう。チームにとっても本人にとっても、またブラジルにとってもけっこうなことだ(付け加えれば、他国は知らず、日本のアレックスの場合は、日本語を話す日本の高校出のJリーグ選手なのだから、日本代表なのは当然だ)。
ヨーロッパの国の代表に黒人がいるのにはもう慣れたが、アンゴラトリニダード・トバゴ旧宗主国の選手がいるのにはちょっと驚いた。代表チームには、たしかに国の歴史が覗かれる。
サッカーは、コーカソイドネグロイドのスポーツだ。モンゴロイドは、前回大会の韓国の(疑わしい)4位が唯一の成功で、ひょっとしたらこの競技に向いていないじゃないかとさえ思ってしまう。また、トリニダード・トバゴの人口の約半数はインド人なのに(あの国出身でいちばん有名な人物はナイポールだろう)、名前を見る限りインド系はいない。イングランドにも黒人と並んでインド系移民が大勢いるのだが、代表に黒人選手はいても、インド系は見当たらない。彼らも向いていないのかもしれない。
 ワールドカップの歴史は、白人の大会に黒人が地歩を築いていく歴史だと言えよう。黒人選手の運動能力の高さは、大会のたびにアフリカ諸国の代表によって示されるが、驚く以上の真に偉大な達成はまだなされていない。これからも当分はなされないだろう。そのためには国力の裏づけが必要で、アフリカの国々はまだその域に達していないからだ。
黒人の進出は、アフリカではなく、まずブラジルにおいて始まった。そして、フランスにおいてひとつの頂点に到達した。
工場労働者や炭鉱労働者の町に伝統ある強豪クラブチームがあるのを見ればわかるように、サッカーは下層階級のスポーツと言っていい。移民のスポーツでもある。サッカーでの成功は、才能のある社会的弱者が地位を向上させるための魅力的な方法だ。サッカーの歴史には移民の歴史が映しこまれている。在日韓国・朝鮮人もよい例だろう。「移民の国」アメリカは、WASP、黒人、ヒスパニックと、その割合はともかく、民族的に健全な構成をしているようだ。
移民は昔からあったことだが、帝国主義時代とその崩壊後に、量的にも質的にも規模は地球大に広がった。黒人の(強制された)移民は、ブラジルのサッカーで成功を収めた。移民の最もドラスチックな成功が、フランス代表だ。プラティニの白いフランスから、ジダンの黒いフランスへ。一時のこのチームは、選手はことごとく旧仏領植民地出身の黒人、白いのはアルジェリア移民のジダンで、要するに「アフリカ選抜」だった(これが「フランス代表」?というもっともな違和感はあるだろうが)。フランスに限らず、ポルトガル、オランダなど、黒人選手が溶け込んだチームを作った国があり、その融合がうまくいけばすごい力を発揮することは証明済みである。今回のオランダが冴えなかったのは、白過ぎたからじゃないか?
「奥地」のウクライナクロアチアなどが白人ばかりなのは不思議でないが、イタリアのような先進国がずらりと白いのは、やや不気味だ。スペインやアルゼンチンも白人ばかり。ポルトガルとその旧植民地ブラジル、スペインとその旧植民地アルゼンチンが、隣国同士でありながら対照をなしている。それぞれの国の事情はあるにせよ、サッカーの魅力のひとつに、雑種の魅力も数えたい。


こう考えると、よかったね、オーストラリア。クロアチア戦でラグビーやってたね。キーパーごとゴールに押し込もうとしてたじゃないか。スクラムトライか。チームにはクロアチア系移民がたくさんいた。クロアチアクロアチアで、自国出自ながらオーストラリア生まれの選手を抱えていたそうだ。属人主義と属地主義の渦巻く闘い。白豪主義白人チームだけど、東欧系の移民のスポーツという一面があるのだろうか。とにかく、日韓大会が強豪を走り倒した韓国なら、ドイツ大会はオーストラリアだった。4年前存在しなかったシミュレーションを取られたお返しに、今回存在しなかったPKを取ってもらったイタリアには敗れたけれど、あれだって、交代カード2枚残っていたし、延長で勝つはずだったろう。