竜について

あなたは竜を見たことがあるか。
実際に竜を見た人はどのくらいいるのだろう。私はない。ないけれど、竜がどんなものか、いくらかは知っている。日本や漢土の竜、また聖ジョージに退治されるような西洋の竜についてもいかほどかは。いくつも話を聞いたり読んだりしているから。だがその話というのには、たいていの場合竜の姿形の描写はないか、あってもごく簡単だ。竜ってどんなものと幼い子供が聞けば、年寄りはああでこうでと教えるのだろうが、話の中では特に説明しない。竜が出た、竜が棲んでいるで足りるのである。子供たちは年長者からその外見や行動を聞きおぼえて、さらには絵か何かで見るのだろう。だからみんな知っている。それが伝承というものだ。そして竜はその伝承の体系の中で、横綱ではなくとも、大関か関脇ぐらいの地位にはいつもいる。
トランシルヴァニアに竜はいるか。もちろん。ではどんな竜が? それをこれから見ていくことにしよう。


トランシルヴァニアの名門貴族バートリ家の始祖バートリ・オポシュは、エチェドの沼地の竜を殺し、そこからバートリ家の紋章には三本の竜の歯が描かれることになった。そのとき使った鎚が家宝として伝わっていたという(SS:242)。
クローンシュタット(ブラショヴ)の旧市街を見下ろすように聳えるツィンネ(トゥンパ)山の頂近くに洞窟があり、そこに竜が棲んでいたという。麓の谷間へ飛び下っては、人や獣をひと呑みした。あるとき市長の息子の学生が城壁の近くで勉強していたら、飛んできた竜に呑み込まれた。そこへ現われた見知らぬよそ者が、仔牛の皮に焼いた石灰を詰め、城壁のそばの草地に置いておくと、竜がそれを呑み込んだ。すると猛烈にのどが渇き、水を飲むと中の石灰が熱くなり、竜は破裂してしまい、学生は生きたまま出てくることができた、という話がある。この竜は Drache とも Lindwurm とも呼ばれる。ある話では大蛇とも言われている(SS: 84;167)。近くのツァイデン(コドレア)の竜も同じ方法で退治された(SS:178)。
金のビストリッツァ川沿いの竜退治の話では、襲われた若者は火酒のはいった壜を投げ、それを飲んだ竜がいびきを立てて眠っている間に目玉をくりぬき、怒った竜は声を追って崖のふちまでおびき寄せられ、勢いあまってそこから落ちて死んだという。以来その場所は「竜の岩」と呼ばれる(RS:66)。
セーケイ地方の聖アンナ湖(標高950m)は昔の火山の火口湖で、深い森に囲まれ、青い静かな湖面を見せている。嵐のときには湖水が荒れるが、それは水中に棲む竜が引き起こすのである(SS:242)。シビウの南の山中の湖の底にも竜がいて、ルーマニア人の農夫たちはそこへ石を投げるのを戒める。眠っている竜の目を覚まして雷を起こさないように。
ルーマニア人は、山々の奥深くにショロマンツェという悪魔の学校があると語る。十人の学生がそこで魔術を学ぶが、十番目の弟子は悪魔の片腕として留めおかれ、イスメユ竜 Ismeju に乗って荒天を呼ぶ手伝いをする。ハンガリー人の言う魔法を使う放浪者、ガラボンツィアの学生も竜に乗り、嵐を起こし雹を降らせる。
ハンガリー人の間には、竜が食べてはまた吐き出すことで日蝕や月蝕が起きると信じる人もいる。そのとき竜の漏らす小便は草や井戸水を毒すので、家畜は家に連れ帰り、井戸には蓋をする。


これらはまあ、ふつうの竜である。姿形は東洋の竜とは違うのだろうが、われわれにもよくイメージできる。中国や日本のものは蛇のように長細く、西洋のものは蜥蜴に近い形をしているとしても、両者とも竜と言って何ら問題ない。ボルヘスいわく、「われわれは宇宙の意味について無知であるように、竜の意味についても無知である。しかし竜の姿には人間の想像に訴えるところがあって、それゆえまったく別の場所と時代に竜が存在する。それはいわば必然的な怪物なのである」(「幻獣辞典」序)。しかしながらわれわれの理解とは明らかに違うタイプの「竜」も、この地域には棲息する。
一括りに「民話」と言うけれど、昔話と伝説では「竜」の様態が異なる。ハンガリーの伝説に出てくる竜は頭が一つだが、昔話に登場する竜は七つや九つなど複数の頭をもっている。こちらのほうは、馬に乗ったりすることもあり、竜だか人間だかよくわからない姿である。
 ルーマニアの昔話に出る敵役「ズメウ zmeu」も、怪物であって、まま人の姿をしてい るらしい。ズメウという名前はスラヴ語の「蛇(例えばロシア語 zmija)」に由来し(ラテン語 draco 起源の語 drac は、ルーマニア語では「悪魔」の意味になった。なお「竜」を意味するルーマニア語は一般に balaur)、明らかに「竜」の外観特性をしている場合 もある。だがそうでない場合のほうが多く、伝説にも両様に登場する。蛇と竜とズメウの関係は、蛇が七年の間人に見つからずにいると、尾がなくなり足が生え、牛を呑む。さらに七年人に見られないでいるとバラウル竜になり、さらに七年たつとズメウになる、というふうに説明される。
東部ドイツで「竜 Drache」と言われるものの中には、蛇や蜥蜴に似た翼のある巨大な 怪物のほかに、割合に小さく、炎の尾を長く引いて火のように空を飛び、主人の家に穀物や金をもたらす「家の竜」というものがある(土地によってさまざまな呼ばれ方をするが、ふつうの「竜」と区別するために、ドラーク Drak と呼ぶことにしよう)。トランシルヴァニアにもこの同類がいる。
火を吐きながら空を飛ぶ「竜」が、あるルーマニア人の女中に「取り憑いた」。その母は娘を棺台に死人のように載せ、葬式を執り行うことで治したという(SS: 83)。ミナルケン(モナリウ)のザクセン人はスモーというものについて、人の頭に蛇の体をした長い火のような竜ないし夜の悪霊だと語る。それが音を立て火花を撒き散らしながら夜空を飛んで、すぐそばに降り立つのに出くわしたら、馬車の部品を小さな釘に至るまでひとつ残らず数え上げれば、何もできずに退散する。それを呼び寄せることのできる者もいる。スモーは村に恋人の女をもっていたりもする(SS:85;86)。この名は明らかにルーマニア人のズメウに由来する。
トランシルヴァニアルーマニア人が言うイスメンないしヒスモーは、空を飛ぶ炎であり、悪魔である。好きな女のところへ通い、煙突から入ってくる。通われる女は、痩せて顔色悪く、頭が変になるらしい(SS:261f.)。
国境の深い山の中に洞窟があり、奇妙な形の骨がたくさん散らばっている。これをめぐって、次のような話がある。七年の間雨が降らなかったとき、イスメウ Ismeu どもは渇し て、雲を捉えそれを飲んだ。神は怒り、イスメウを滅ぼすことにした。ベイウシュの洞窟から遠からぬ山にイスメウどもの踊り場があり、そこには今も草が生えない。彼らはここから馬車に乗って洞窟へ下りた。今も轍の跡が見える。あるとき、雲を捉えたあと、また山の上で踊った。すると頭上に雲が厚く垂れこめ、あわてて洞窟へと逃げるイスメウに雷が落ち、ただ一人びっこの足をひきずって逃げおおせた者を除いては、みな斃されてしまった。ベイウシュの洞窟にころがる骨は、それらのイスメウのものである(SS:258)。この洞窟のイスメウについては、麓の村からきれいな娘を連れてきて妻にした。里へ帰ったとき、老婆たちが薬草を体に塗りこめてやり、そうして洞窟にもどると、イスメウどもはひどい悪臭に逃げ出してしまった。女は宝物を持って家に帰ったが、薬草を塗るのを忘れたので、宝は消え失せてしまったという話もある(SS:252)。


古代のトランシルヴァニアに王国を築いていたダキア人の軍団の旗印に竜が用いられていたことも付け加えておこう。ローマの軍団も竜の旗指物を使っていた。
竜ひとつを見ても、ここが西欧と(むろん東亜とも)違う領域であることがよくわかる。ここはある広大な世界の西端なのである、ということは、さまざまな例から証明されるが、ズメウをめぐっても言えそうだ。ここを単なるヨーロッパの一地域と考えていたら、きっと誤る。


参考文献:
MÜLLER, Friedrich/ Misch OREND. Siebenbürgische Sagen (SS). Göttingen. 1972.
KARLINGER, Felix/ Emanuel TURCZYNSKI. Rumänische Sagen und Sagen aus Rumänien (RS). Berlin. 1982.
GERARD, E. Transylvanian Superstitions. In: The Nineteenth Century. Vol. 18. 1885.

(2002/8)