李少王多

 日本語を教えていると、説明のためいろいろ例文を作らなくてはいけない。そのとき文中に登場する日本人には、「田中さん」の名を与えることが多い。日本で最も多い苗字は佐藤だというが、「さとう」の「とう」が長音なので、発音しにくい難点があるのだ。非常にしばしば(というか、ほとんどの場合)「里さん」になってしまう。漢字が難しいこと、西日本では決して多くない苗字であることもよろしくない。「たなか」は、多い苗字であることもだが、a音の連続だし、濁音もなくて発音しやすい。漢字も、漢字学習第1日でもう習ってしまうようなもの。日本人は田中さんに限る、と断言してもいいくらいだ。
 外国人の名前では、「リーさん」をよく使う。リ(リー)というのは、中国人で「李」、朝鮮半島でも「李」(南でイー、北でリー)がよくある苗字だし、英語でも「Lee」がある。「R」と「L」の問題は別として、これも重宝している。
 今まで中国で教えてきて、実感として「李」が中国最多の苗字だと思っていた。「李四張三」の慣用句のとおり(「張」も非常に多い)。しかし統計によると、実は「王」のほうが多いらしい。「王」姓の学生も確かに多いけれども、筆者の受けた感じでは李に一歩譲ると思っていたので、多少意外でなくもないが、しかしその差はごくわずかだ。「王」が全人口の7.25%で、「李」が7.19%。なお「張」は6.83%で第3位ということだ。以下、4位「劉」、5位「陳」、6位「楊」、7位「黄」、8位「趙」、9位「呉」、10位「周」となっている。納得である。
 ところが、ここチチハル大学では「李」が少ない。日本語学科の学生240人弱を数えてみたところ、
1位「王」21人
2位「張」17人
3位「劉」14人
ときて、われらが「李」は第4位、13人。「張」どころか「劉」の後塵も拝している。以下、
5位「趙」「陳」10人
7位「孫」7人
8位「姜」6人
9位「郭」「金」5人
となる。たかだか240人ぐらいの統計で何か確たることが言えるわけではないが、それでもおもしろい傾向は見られるのではないか。「李」の少なさのほかにも、「姜」「金」の多さも目につく。全国では「姜」は53位、「金」は60位なのだ。同じく全国ベストテンに入っていない「孫」「郭」はそれぞれ12位、16位だから誤差の範囲であるのとはかなり違う。
 ただ、これをもって黒龍江省のデータと見ることはできない。他省出身の学生が多いからだ。ざっくり感じたままに言うと、黒龍江省出身者が半分強、あとは他省から来ているが、それも思い切り南方の出身が多い。黒龍江省以外の東北(吉林遼寧)や華北出身は少なく、広東省だの貴州省だのといったところからこんな北辺へやって来ている。日本人が北海道に憧れるように、雪の降らない地方の連中は北への憧れがあるのだろう。それでも半数弱は多すぎると思うし、帰省がたいへんだ。全学生の出身地を把握しているわけではないが、学内スピーチコンテストの出場者13人と司会者2人で言えば、黒龍江省7人、四川省2人、重慶1人、浙江省2人、江蘇省1人、貴州省1人、雲南省1人である。出身地がわかっている3クラスで見ても、87人中黒龍江省は48人だから55%、45%は他省から来たというわけだ。
 「李」の少なさの理由はわからないが、「姜」「金」については、たぶん旧満州国時代以来住み続けている朝鮮族の存在が関係しているだろう。その他の東北少数民族においても、「愛新覚羅」の「愛新」が「金」であるごとく、漢姓にすれば「金」となるものがあることにもよると思う。「金朝」の地でもあるし。その金朝の「完顔」の漢姓は「王」であるという。「王」の多さに関しては東北モンゴルツングース少数民族も関係しているのではあるまいか。とはいえ、外省人が多すぎて、どこまで黒龍江省のデータとなりうるかはわからない。しかし、なかなかおもしろい学生名簿であることは失わないだろう。統計はとるべきものである。

2018/12/24 SeeSaaBlog