ドーハふたたび、ジョホールバルふたたび

こんなに弱い日本代表は久しぶりに見た。負け試合ばかり見せられた。
顔と名前とプレーが一致するのは浅野と遠藤ぐらいで(ヨーロッパ組はプレースタイルを知らない)、まず名前と顔を覚える新学期新クラスの状態だった。
北朝鮮戦は、1−1の引き分けが妥当である。勝利が不当というほどではないし、先制点を奪っていたので負けることはなかったかもしれないが、それでも東アジアカップのように1−2になった可能性は否定しきれない。
初戦を見た段階では、こりゃだめだ、というのが偽りのない感想である。とても出場権は得られまいし、得られたところで本大会ではみじめな姿をさらすだろう。初戦を見たサッカーファン、集合! 初戦終了時にそう思わなかった者、挙手! さて、何人手が挙がったことやら。
準々決勝のイラン戦は、前半に失点したらたしかに負けていただろう。準決勝のイラク戦は逆に、延長になったら負けそうな気がしてひやひやだった。そしたらあのロスタイムの決勝ゴールで、イラクを相手の「逆ドーハ」になった!
決勝の韓国戦もひどかった。あの韓国チームは「史上最弱」なんて言われようをしていたらしいが、どうして、みごとにパスを回されて、このチームが弱いなら、日本チームはどう形容したらいいのかと思った。2点目を決められたあと、シュートを雨あられと浴びている時間帯には、0−3の敗戦を覚悟した。「史上最弱」に惨敗するのかと暗い気持ちになった。浅野が出て来て1点を返しても、得点経過は違うがアトランタ予選と同じ1−2か、としか思わなかった。すぐさま2点目が入ったときは驚き喜んだが、延長戦になったら韓国が心機一転して北朝鮮のようなゴリ押しサッカーをしてくるのではないか、そしたら耐え切れず失点するのではないかと取り越し苦労をしていた。あとからふりかえれば何というネガティブさとわれながらあきれるが、後半も半分を回ったあとに0−2から大逆転して3−2で勝つ日本なんて見た覚えがないから、しかたがないのだ。そしたら3点目が入った! かつて見たことのない風景だ。主客逆だ。生きていればいろいろなことを見るものだ。逆転しただけで終わらずに、勝つのである。いやもう、疲れたよ。準々決勝、準決勝、決勝と、深夜一人でテレビに向かってどなっていた。人格崩壊である。テレビだけが写らない特殊なカメラで隠し撮りされていたら、癲狂院の実写だ。アトランタ五輪予選以来であり、あのドーハ、ジョホールバル以来である。世界で最初にワールドカップ出場決定、オリンピック予選も余裕で通過、なんて分不相応な状態が何大会か続いたあとに、狂おしく美しい過去がよみがえってきた。


シュートが打てるのに打たないという古馴染みの病気は今回もいくつか出たが、このチームの場合、それ以前にシュートが打てない。特に前半など、タイ戦以外は毎試合1本か2本だったと思う。アジア予選でこれかと愕然とさせられた。
しかし、ゴールはすべてスーパーゴール、ビューティフルゴールだった。数も決して少なくない。ゴールシーンだけのダイジェスト版で見たら、何という強豪かと思うだろう。ミドルシュートもびしばし決まっていた。サウジ戦の大島のゴールなんか、一瞬次元が移動したように感じた。小柄な大島や中島にあんなパンチ力があるというのも驚きだ。彼らのゴールは、ヨーロッパ主要リーグの週間ベストゴール候補の映像に紛れこませておけば、選ばれてしまうんじゃないか。コーナーキックから蹴り込んだ植田のゴールも、CKからのゴールとしては最上級の爽快さだったし、サイドバックのクロスからフリーになってヘッドで合わせたイラン戦と決勝のゴールも、お手本のようなみごとさだった。カウンターからのも、フォワード二人が二人だけで決めた準決勝のゴール、決勝の浅野の追撃と逆転の2ゴールとも、美しさにことかかなかった。ゴチャゴチャした混戦から押し込んだり、相手ディフェンダーに当たってころがりこんだりというゴールはまったくない。
シュート数が非常に少ないし、まして決定機は数えるほど、しかしゴール数はけっこう多い。つまり決定力が高い。まったくもって日本的でない。日本的というのは、決定機は山ほど作って、ゴールは数えるほど。それがわがいとしく悲しい日本代表のはずなのだが。
守りきれないというのも日本代表のもうひとつの不治の病だけども、このチームは守りきれてしまう。決勝の後半途中まで以外は、強固な守備を誇っていた。これも日本的でない。不思議なチームである。


中島がMVPを受賞した。ゴールをふたつ、決勝戦の逆転のアシストを決めていることだけ見れば順当な感もあるけれど、北朝鮮戦ではたしかにすばらしい選手だと思ったが、イラン戦の90分、イラク戦、決勝のほとんどの時間、つぶされて何もできなかった。それでMVPは違うと思うが、要するにチームがすばらしかったので、飛びぬけてすぐれた選手はいなかったということだ。だから数字的に彼に決まったのだろう。
彼など典型的な日本選手と言っていい(背丈も含め)。プレッシャーさえなければすばらしいテクニックを発揮する(延長になってイランがフォーメーションを変え、圧力がなくなったときのように)。しかしプレスをかけられると何もできない。彼に限らず、アジアでこの程度なら、世界では通用すまい。大きな喜びを与えてくれたが、本大会では惨敗が与件だ。0勝3敗か1分け2敗だと思っている。そこから上積みしてくれたらうれしい。
日本にもそこそこ高さや強さのあるフォワードが出てきたが、日本レベルで通じる高さや強さでは、世界レベルの屈強なディフェンダーには敵しえまい。日本の進むべき道はそこではない。浅野や前回の永井のようなスピードこそ、日本人フォワードの武器となるものだろう。
スタミナもすばらしかった。相手が終盤や延長で足がつる選手を何人も出すのに、日本選手は全然走れている。そして終盤・延長に得点して試合を決める。メンバー選考にあたって、優勝を争う強豪チームで主力になっている関根が選ばれてないのが不審だったが、これを見て、チャンピオンシップのガンバ戦の延長で足がつって敗因のひとつになったことを考慮されて外されてしまったのかと思った。120分走りきれる体力がこの代表の絶対条件になるのだろうなと思う。それはこのチームに限らず、能力のいくつかでアジアの強豪にさえ劣る日本代表の備えておかねばならぬことであろう。ラグビーの日本代表と同様に。


日本人にとっては決勝戦が強烈な酒をあおったように酔わされたゲームだったが、客観的にはイラクカタールの三位決定戦がすばらしかった。
深夜だし翌日は早いから、延長戦にはならないでほしい、それとも前半だけ見て寝ようかな、などと考えていたが、どうして、延長当然、見終わって両チームにありがとう!と最敬礼したくなる熱戦だった。
カタールがドリブルで先制、イラクがロングボールからのヘッドで追いつき、延長でイラクがまた頭で逆転。両キーパーがファインセーブを連発した。イラクの監督は退席処分。実力は伯仲していたが、サッカー的にカタールが、スピリットの部分でイラクが勝った。特にイラクの長髪の選手は鬼神のごとき働きだった。そして終了の笛を聞き、カタールの選手はもちろん倒れこむが、イラクの選手も倒れこんだ。泣いていた。
彼らの「ジョホールバル」だったのだなと思う。ワールドカップとオリンピックでは重要度が違うし、オリンピックにもすでに何度か出てはいる。しかしやはり、名誉だけがかかるアジアカップなどと違う、出場権のかかる「重い」大会だったということだ。このチームの選手の一人はテロで死んだという。そりゃ重いわな。日本選手が勝って泣くのはよく見るが、アラブ人が勝って泣くとは。斬首されて死んだ日本人の分も喜びたい。
サッカーの魅力のひとつは、ある戦術に意思統一して、11人がひとつの生命体になって動くさまを見ることである。ハイボール戦術で逆転勝利をもぎとったイラク代表、そして決勝終盤のカウンター戦術の日本代表を見てそう感じた。サッカーの好ゲームは、意思の戦いがフィールドに描かれるのだ。超絶個人技は枝葉末端である。
これが今大会のベストマッチである。日本戦6試合以外にはこの試合しか見ていないから、相対的な評価はできないが、絶対的にそうだと断言できる。


この7試合、どちらにも転びうるギリギリの戦いばかり見せられて、ドーハ・ジョホールバルの頃の甘く刺激的な香りをふたたび嗅いだ。ま、さすがにあれほどではないけどね。だが、勝利を願いながら勝利に全く自信がない状態で応援していたあのときと同じものを、今回も感じた。この幸福感も、これからいくたびも反芻することだろう。弱くて強いU23日本代表、ありがとう。