要するにソ連だ

中国に来るまで知らなかったが、この国ではFacebookYouTubeが見られない。Facebookは趣味の領域だからいいが、YouTubeは実害がある。日本の踊りや芸能を紹介するときに非常に参考になるのだが、ここではその方法を奪われているのだから。ウィキペディアの「習近平」の項なども閲覧できない。ニューヨークタイムズもそう。小国が何をしようと小国だからと大目に見られるが、こんなことをする国が大国か?
税関では「地球の歩き方」を没収されそうになった。地図上台湾が中国の色に塗られていないから、これは「統一を妨げる文書」だと言うのだ。抗議したら没収はまぬがれたが、地図の部分を全部切り取られた。あのガイドブックは観光地ごとにすべて小地図をのせてその位置を示しているので、つごう73か所の切り抜き。
中国は、改革開放以前はまぎれもなくソ連だったが、それ以後は、一方に成金、他方に出稼ぎ労働者の群れという「共産主義」でありえない眺めのために、つい忘れがちになっていた。ここはいまだなんら変わらず共産党が独裁する国なのであった。ソ連なら古馴染みだ。日本と対等の国だと思えば腹が立つ。ソ連だと思えば腹が立たない。ソ連なら何を言ってもしかたがないと思うから。そんなことでいいのか、というのは中国のほうの問題で、私のほうの問題ではない。こんな国が対外的に何を言っても、6割引きで聞けばいい。国内でしなけりゃならないことが先だろ。


戦争をする国の集まりが安保理常任理事国だ、というのは逆説なのか、道理なのか。アメリカ・ソ連(ロシア)は言うに及ばず、英仏もスエズベトナムフォークランド湾岸戦争と戦争を続けている。フランスは今マリだっけ?
中国も、第二次大戦後、国共内戦朝鮮戦争・インド・ソ連との国境紛争・中越戦争と、戦争紛争にいとまなく、近隣国とはみんな戦っている。中越戦争以後はおとなしいが、体質が変わったわけではない。日米安保がなければ、すでに尖閣に上陸しているだろう。
国連は、第二次世界大戦戦勝国が世界を取り仕切るのがコンセプトであって、常任理事国とは核保有国クラブでもある。
安全保障とは、戦争である。身もフタもない国際政治のこの事実。現在の世界でもっとも平和的な国は日本とドイツである。もう70年も戦争をしていない。これほど経済的に発展し、かつ平和的な国はない。ただし、戦争をしないのではなく、できない、させてもらえないというのが正しい。敵国条項対象国だからというのではない、「手を縛られた国」が常任理事国になることはできないという簡単なルールがあることが、日独タッグで常任理事国入りを目指した運動の失敗でよくわかった。
戦争しないのはけっこうなことで、何ら異存はない。だが、アメリカがオリンピックをボイコットすれば、英仏は規模縮小しても参加するのに、日独は派遣を取りやめなければならない。わかりやすいことばで、これを子分という。
日本が軍国主義だった歴史をかかえるのはまぎれもない事実だが、今は軍国主義なんかでは全然ないというのも同じくらい明瞭な事実である。それが見えない人たちが、「軍国主義」音頭で踊る。「歴史認識」なるものは「現実認識」と引き換えらしい。日本に行って見てみれば今の日本がどんな国かわかるのだけれども、とにかく13億であるから、日本に行ったことのある人などコンマ以下の単位である。情報遮断の意義がここにある。
「縛られた手」をほどこうとする政権がいま日本にあるが、それを強力に「支援」しているのは中国(と韓国)の行動である。違うんじゃないか?


オリエンタリズム」を読んで、ちょっと驚いた。英仏のオリエンタリストを手厳しく批判する一方で、ドイツの東洋学者に好意的なのだ。
ドイツというのは、欧米列強の中では比較的「手が白い」国である。植民地をもっていなかった。海外進出に出遅れて、やっと獲得したわずかな植民地も第一次大戦の敗戦で吐き出した。基本的に、被支配民族にとっては憎き英仏とヨーロッパの内部で戦っていたので、彼らに実害をほとんどもたらさなかったし、英仏に打撃を与えたのだからむしろ好ましいという政治的な背景がある。もし植民地をもっていたら、その支配は英仏より悪いことはあってもよいことはあるまいのに、行きがかりからいいポジションを得ている。ヨーロッパ文明は、欧米人が誇りたがるポジティブな面をもつ一方で、ネガティブな面、本質的に侵略的であるという面をもっている。非欧米人にとって、植民地支配の悪にさほどまみれていないドイツというのは、ネガティブな面を意識せず、ヨーロッパ文明のポジティブな面をすなおに認めることのできる存在なのであろう。
ゲーテ・インスティトゥートは、インドでは「マックス・ミュラー・インスティトゥート」と呼ばれる。英国に帰化したインド哲学・宗教学の泰斗の名を取って。尊敬できるドイツ人が身近にいるわけだ。英語で著述した人なのだが。
インドでは、「わが闘争」がいくつも翻訳されている。子ども向けまんが偉人伝シリーズにヒトラーがある。あんまり驚いたので買ってしまった。ナチスの唱える「アーリア人」やシンボル「ハーケンクロイツ」はインド起源だったりするので、そのためでもあるかと想像しているが、これはやっぱり驚きだ。「わが闘争」ではインド人を見下しているのに。「敵の敵は味方」メカニズムも作用しているのだろう。日本と同じくチャンドラ・ボースをかくまった国でもあるし、インドに対しては何も悪いことをしていない。
中国でもドイツは人気があるようだ。「徳国」(ドイツ)式を謳った商品をよく見かける。「法国」(フランス)も多いが。膠州湾租借の頃まではけっこう悪辣だったが、第一次大戦で日本軍に青島を落とされて以降は、この地域に直接関わるプレーヤーではなくなっている。
中国人の親独感情は、日本人にもよくわかる。自分たちもそうだから。もちろん同盟国だったが、肩を並べて戦ったわけでなし(大陸の東と西の端だ)、敵国だった歴史もある。ただ、同じようにこてんぱんにやられて、そこから奇跡の復興を遂げた同士の親近感はあるだろう。
そして、ドイツに言えることは、日本にも言える。西の方陽関を出づれば、親日国ばかりである。「手が白い」ことはとことん大事だ。
では、手が黒ければどうしても無理か? そんなことはない。どうしても許そうとしないのは彼らのほうの「家庭の事情」だ。同じように日本人の手が汚れている東南アジアでの現在の日本のポジションがそれを示している。「遅れた東南アジア」である東アジアも、「家庭の事情」がいつかほどけるだろう。ちっぽけな岩礁よりも数億人の健康や政治腐敗のほうが重大な問題であって、後者に対する抗議行動と前者に対するそれが入れ換えの関係になっていることは誰にでもわかる。


中国がソ連なことはうっかり忘れることがあっても、北朝鮮ソ連であることは忘れようがない。かつ、中国の絶対王朝でもある。世襲制がまずすごいし、失政の責任を負わされた者が処刑されるのなんて、「生きた中国史」だ。ナンバー2の失脚よりも、その一族が続々と処刑されることのほうが驚異だ。罪が九族に及ぶのか? 今は清か、明か? 西のアフガン、東の北鮮だ。彼らは18世紀を生きている。中国は20世紀だから、やはり宗主国は進んでいる。官僚が蓄財するのは歴代王朝のままだが、最高権力者は交代しているからね。そのメカニズムは知らないが。罪九族に及ぶこともない(と思う)。


好感をもつのも反感をもつのも同じように間違いだが、どうせ間違えるならいいほうへ間違えよう。だから中国には好感をもっていますよ。これまで暮らしてきたすべての国と同様に。共産党にはそうでないが。