WM予選雑感2017

UAEに負けた初戦は、日本にいなかったので見られなかった。イラク戦は中国でスマホで見ていたが、3秒動いて30秒止まるというありさまだったので、見たとはいえない。もう試合終了だというところでまた画面が止まり、次に動いたときには監督が笑顔で両手を上げていたので、何かで点が入って勝ったのだなとわかったが、これでは観戦したことにならない。
だから、見たのは先日のアウェイのUAE戦とホームのタイ戦の2戦と、再放送のサウジアラビア戦だけである。
引き分けに終わった二次予選のシンガポール戦も見ていない。というわけで、実はハリル・ジャパンのふがいない試合というのはほとんど見ていないのだ。東アジアカップぐらいだ(おそらくあれで監督のJリーグ選手への評価は決定的に低くなったのだろうと思う)。だから私のハリルホジッチに対する評価はかなり高いのである(私の評価など彼のほうでは求めていないだろうけども)。


この監督は、ロシアW杯時に年をとっている者は呼ばない、所属クラブで試合に出ていない者は呼ばない、などと言っていた。いかにも。誰でも納得できるわかりやすい基準だ。そう表明していながら、ぬけぬけとベテランの今野、試合に出ていない川島や本田や宇佐美などを呼ぶ。勝つために必要だと信じれば、前言をこともなく破る。約束は守るものだと教育され、決められた時間の5分前に来ないこと、車の通らない道の赤信号で止まらないことをほとんど犯罪と観ずる日本人記者や評論家が怒るので、多少の釈明はするけども。いやいや、なかなか戦国武将じゃないか。
この人は、やりたいサッカーはやりたいサッカーではっきりしているが、特に目前の一戦に勝つことを徹底的に重視する。それはいっそすがすがしい。私は負けると病気になる、あのUAEとの初戦を思い出すと39度の熱が出る、などと言っていた。ほほえましい。
オーストラリア戦はアウェイの戦いに徹していたらしい。監督にとっては誇るに足る戦術的な試合だったようだが、日本での評価はかんばしくなかったと聞く。その落差に驚いたことだろう。日本にはアウェイ戦というものがない。一応ホーム・アンド・アウェイで試合することになっているが、アウェイの戦い方をしないのだから「アウェイ戦」ではない。だから理解されない。逆にオーストラリアではよく理解されているだろう。
前のアギーレ監督がブラジル戦で経験の浅い選手たちを使って負けたときも非難囂囂だったのを思い出す。外国人監督を雇うのは、日本人のできないことをやってもらうためである。外国人監督に浴びせられる批判は、要するに、日本人ならしないことをしているという理由によるものばかりだ。日本人がするようにやれということだ。まったく無意味である。それでは高い金を出して外国人を雇う意味がない。


八百長疑惑を書き立てられ、マスコミによって追い出されたかっこうのアギーレ前監督は、今UAEのクラブチームの監督をしているそうで、UAE戦の前に取材に来た日本のマスコミにアドバイスをしていた。日本に対して悪感情を持っていないようで、それどころか好感情を持ちつづけているようで、うれしいことだ。
ポドルスキーが神戸に来ると決まったが、その話が出たとき、リトバルスキーノヴァコヴィッチが日本を褒め、ぜひ行けと言っていたのもうれしい。日本でプレーし監督をした人には日本好きが多いと思うのはひいき目だろうか。クラマーさんもそうだったように思う。現監督もどうやらそうらしいと感じる。
日本人はよい弟子であることに長けた国民であり、学ぶことが大好きで、言われたことはしっかり守る(むしろ、言われたことしかしないまでに守りすぎる)。指導者にとって気持ちよい国だろうと思う。礼儀正しく、安心安全で、人を立てる文化がある。しかるべき高いポジションにある外国人にはきわめて居心地がいいだろう(そうでないポジションの人にとってはこの限りでないが)。
ただし、日本人は言い訳するのを極端に嫌う。いさぎよくない人は、ただそれだけでほかの数ある美点もろともに人格否定される。言い訳せず、部下の失敗はすべて自分の責任だとするのが上に立つ者のあるべき態度だと信じて譲らない。それはいいことだと思う。その点をあまり理解していなかったため、ハリル監督も日本人にとっての「地雷」を踏みそうになったことがあるが、だんだんわかってきたようで、けっこうだ。


UAE戦でびっくりしたのは、今野の起用はともかく(少しは驚くが、長谷部がいないのだから納得できる)、川島を使ったことだ。
監督は試合で使う選手を招集する。使う局面がないと判断すれば、実績のある選手ほど招集すべきでない。使わずずっとベンチに座らせておけば、チームに悪影響を与えるから。岡田監督がカズを切ったのがその最たる例で、トルシエ中村俊輔を切ったのもそうだ。逆に、使われなくても全然腐らず、チームを活気づける役割を担える選手なら、呼んでもいい。ゴン中山や秋田のように。
3人のゴールキーパーの1人に川島が呼ばれたのも、こういう「ゴン・秋田枠」だと思っていたのだが、どっこい、この監督は使うつもりで呼んでいた!
たしかに、第一候補だったと思われる東口が負傷でおらず、試合の重要性を考えればいきなり林というわけにはいかない。最近不安定だった西川と川島の二択なら、川島は全然ありだとあとで気づくわけだが、でもこれは勝負師のやり口だよ。その起用にみごとに応えた川島もえらい。これをしびれると言わなくて何と言う。


タイ戦については、結果の4−0を見れば文句のない快勝だが、内容を見れば文句は大いにある。押されすぎ、シュートを打たれすぎている。内容だけなら互角である。だが結果はこれ。批判されなければならないし、選手は反省しなければならない。しかし、このゲームについてはむしろタイ側から見たほうがいい。
たしかアジアカップで、何度もディフェンスラインを破ってチャンスを作り、明らかにタイのほうがいいサッカーをしていて、オーストラリアはつまらなくくだらないサッカーだったにもかかわらず、結果が0−3か0−4だった試合があったのも思い出す。
いい試合をしながらゴールが決められず敗れる彼らを見て、「これはわれわれだ」と思った。かつて試合内容で上回りながら敗れ去る日本代表に泣いた経験を忘れた人たちは、真性の健忘症である。あのときの日本チームを今タイチームに見ているではないか。160センチにも満たない小さな選手の俊敏な好プレーは、欧米の巨人に立ち向かう小柄な日本選手にダブる。
見ていないが、どこか第三国でやって0−3か0−4で負けたブラジル戦、本田が満足した旨のコメントをしていたのが印象的だったあの試合とか、岡田さんのときアウェイで0−3で負けたオランダ戦。内容は善戦健闘だが、結果では大差がつく。まるでこの日泰戦のように。言うなれば、日本はタイにとっての「ブラジル」なのだ。
日本代表チームが弱かったころタイは好敵手だったが、日本が力をつけるにつれて差が大きく離れた。その差はまた詰まってくるだろう。日本はいつまで「タイにとってのブラジル」でありつづけられるか。とりあえず、札幌に来るという「タイのメッシ」が楽しみである。


WM予選はまだ続く。しかし、どうやら前の3試合が見られなかったのと同じ理由で残りの試合は見られそうにないので、ここで感想を書いておく。最終的によい結果に終わることを願ってやまない。