WBC雑感

感想は別にない。1試合も見ていないのだから。だが、レギュレーションについてならたっぷりある。

韓国と結局5試合も戦っている。あの組み合わせを見たら、どちらも勝ち進んだ場合、第1・第2ラウンドで4回当たってしまうことになるって誰でもわかるよね? それ、初めからダメでしょう。
それまで2勝2敗だったのだから、決勝戦で雌雄が決せられて、体裁としては非常によかった。白黒ついて皆が納得する結末だ。だが、あの方式だと、仮に1勝4敗だったとしても優勝できてしまう。ほかの試合に負けず、最後に勝てば。けれども、もしそれまで0勝4敗で、決勝でようやく1勝して優勝したのだとしたら、そんなチームを韓国人はチャンピオンと認めるだろうか。その逆を考えれば、答えはおのずと明らかだ。つまり、日本人がそれまで4回もコテンコテンにした相手を、決勝で敗れたというだけで世界チャンピオンとして尊敬するだろうか、と想像してみたら。
なぜこんな方式になったのかは知らない。予選リーグを採用しなかったのは、消化試合を嫌ったのかもしれない。リーグ戦ではどうしても消化試合が出てくるから。たぶん第三国同士の消化試合など誰も見に来ないような国でありスポーツなのだろう。だからその点はいいとしよう。しかし第1ラウンドの各グループ1・2位は、第2ラウンドでは別のグループにふりわけねばならんでしょう。誰がどう考えたって。
韓国以外では、キューバと2試合、中国・アメリカと1試合ずつやっただけ。それで世界大会なのか? 9試合をしているが、相手はたった4チーム。さまざまな個性、さまざまな強みと弱みをもつ国々の代表と試合をするのが世界大会の喜びなのに、それがあらかじめ奪われている。オリンピックから追い出されるのは当然だ。
ニュースの映像で見ただけだが、準決勝の日本・アメリカ戦は空席が目立った。ホームチームが世界一を賭ける大会の準決勝なのに、それを見に来ないってどういうこと? アメリカ代表はアメリカのホームチームではないのだろう、きっと。
北京オリンピックの4強のうち、3つがひとつの山にかたまり、もうひとつの山にはアメリカだけ。何だい、この割り。こういうの、日本語で「お手盛り」っていうんだけど。さすがブッシュを2度も当選させる国だと思った。なのに準決勝進出もやっとこさ。第1回よりましだったが、十分ぶざまだ。
日本・韓国・キューバナショナルチームとして戦うことに高い価値を見出している国々で、選手個々の力はあってもアメリカ・ドミニカ・プエルトリコ・ヴェネズエラは大リーグでの活躍(と俸給)が第一、ナショナルチームはボランティア活動であり、世界一を決めたければ日・韓・キューバの3カ国対抗戦をやればいいだけだということがわかった。

見る側にとっての世界大会の楽しみは、いろいろな国同士の試合が観戦できること。ところが中継は日本戦だけなのだ。弱小オランダが大健闘したり、アメリカに逆転サヨナラで敗れプエルトリコが悲嘆の淵に沈んだりしたっていうのに、テレビはただジャパンのみを垂れ流す。日本戦にしか興味のないファンに支えられているスポーツというわけだ。そういうものに対しては根本的な違和感がある。日本がキューバに敗れ、決勝ラウンドに進めなかったら中継をどうするつもりだったんだろう。知りたいものだ。
大阪代表校は強くて甲子園では必ず優勝候補に名があがるが、大阪代表の試合しか見ない大阪人がいたらどう思います? 彼が大阪を愛していることはまちがいないが、野球は愛してるんだろうか。「大阪の野球」しか愛してないのでは?
とにかく、野球に国際性を求めてはいけないことがよくわかる大会だった。

甲子園は財産だな、とも思った。いかな高給取りのプロ選手であれ、みんなかつては甲子園をめざし汗も涙も流していたニキビ面の高校生だ。「グローバル甲子園」でその経験はきっと生きただろう。
あと、原監督の談話はよかった。相手をリスペクトしていて。直訳して世界中に配信できるコメントだ。「世紀の一戦」なんてトンチンカンもあったけども。日本人の発言は日本国内にしか配信できないものが多すぎるよ。スポーツに限らず。また、イチローの表現力は群を抜いていたというか、ひとり別次元だった。無言を含めて。