石見方言への標準語と新方言の浸透

 甲南大学方言研究会の「JR山陰本線出雲市-飯浦間グロットグラム集」(2017)というたいへんおもしろい調査報告がある。この研究会は同じ調査方法で「JR山陰本線石見福光―松江―伯耆大山間グロットグラム集」(2008)・「JR山陽本線広島―岡山間グロットグラム集」(2011)も出している。

 各駅ごとに高年齢層男女、中年齢層男女、低年齢層男女1人ずつの計6人に質問するという同一の方式で、駅のある地点をすべて調査しているのだ。駅のない山間部は外れるし、カテゴリーごとに1人しか選ばれていないから、そこには個人的な偏り、言い癖が当然ある。大勢の人に当たった調査なら「誤差」と見られるようなものが唯一例として記録に載る、ということが起きる。たとえば、松江の中年女性インフォーマントは「青あざができる」を「ナイシュッケツスル」と答えているが、これはこの人の個人的な言い方であり、これを松江の中年層女性の「方言」とすることできない。つまり、回答それぞれをその地点の代表例とすることはできないが、全地点での調査記録をまとめたあとなら、それらの「誤差」は相殺できる。点をむやみに論じるわけにはいかないが、面を論じるには適当であって、このテーマのような分析にはまさに願ってもない調査である。

 

 この報告書に基づいて検討をしていくが、本題の前に、「似ていると思う方言」「親しみを感じることば」という調査項目もあるので、それについてまず見てみよう。

 「似ていると思う方言は」という設問で、黒松から飯浦までの地点では「広島か出雲か」と聞いている。結果は、当然のことながら、圧倒的に広島である。

 男/広島:38、出雲:2、どちらでもない:6

 女/広島:34、出雲:3、どちらでもない:8

 石見福光から波根まででは、浜田・出雲・松江のどれかという設問であった。

 男/浜田:24、出雲:1、松江:2

 女/浜田:20、出雲:6、松江:4 

 もちろん浜田が断然多いが(これも当然)、おもしろいのは低年齢層女子の回答である。出雲という答えがほかのどのカテゴリーともかけはなれて多いのだ。

 高年齢層男/浜田:7、出雲:1、松江:2、女/浜田:7、出雲:0、松江:3

 中年齢層男/浜田:10、出雲:0、松江:0、女/浜田:9、出雲:0、松江:1

 低年齢層男/浜田:7、出雲:0、松江:0、女/浜田:4、出雲:6、松江:0

 低年齢層共通でプロ出雲が多いならまだ理解できるが、男子とも著しく対照的である。何が彼女らをさうさせたか。ちょっと興味がある。

 「似ている」という意見は実際にどれだけデータに裏づけられるのか、70項目中、広島・松江で調査されていない「136・137いけないよ」、「146なくなった」を除いた67項目で、浜田周辺3か所(浜田・西浜田・下府)と広島・松江周辺各3か所(広島・天神川・向洋、松江・乃木・東松江)の高齢男女の回答を比較してみた。

 浜田方言と類似の語の数・浜田方言にない語(相違語)の数をそれぞれ集計すると、

 語彙のうち、名詞では、広島との類似:16/相違:9、松江との類似19/相違:14

 形容詞:広島:10/2、松江:7/ 7

 動詞:広島:6/2、松江:3/6

 語彙合計:広島:32/13、松江:29/27

 文法:広島:18/12、松江:9/29

 発音:広島:3/0、松江:1/6

 新方言:広島:6/4、松江:2/5

 総計:広島:59/29、松江:41/67

 類似語は、語彙では拮抗しており、名詞ではむしろ松江が広島を上回るが、文法と発音の項目では歴然と違う。相違語の数はどれをとっても松江は広島より大きい。同じく中国地方の方言で、西日本の特徴を共有している隣接石見方言と出雲方言の違いは、類似よりも相違において際立つということだ。特に文末表現や接続表現においてはっきりとした違いがあるのがわかる。

 

 「親しみを感じることばは関西か東京か」という設問の回答を見ると、

 男は、関西:40、東京:38、どちらでもない:6

 女は、関西:34、東京:37、どちらでもない:8

 合わせると、関西:74、東京:75という結果で、非常に拮抗している。ちなみに、「好きな方言」を尋ねた出雲部(安来-田儀駅間)での調査結果は、関西:47、東京:36、どちらでもない:15と、関西が優勢である。

 関西は距離的に近く、人的交流もある。西日本方言として共通するものも多い(否定「ない」でなく「ん」を使う、「(人が)いる」でなく「おる」と言うなど)。

 しかし、マスコミの大きな影響力を別にしても、アクセントではきわめて特徴的な関西アクセントと異なりこの地域は東京アクセントであるし、京都を中心に周圏論的分布を示す語彙で共通するものもある。

 おもしろいのは、「バカ・アホ」の分布である。東京では「バカ」と言い、関西では「アホ」と言う「stupid」の意味の語について、バカ系語(バカタレなどを含む)87・アホ系語86の回答と、親近感同様まったく拮抗しているのだ(なお、出雲で特徴的なダラズ系は8)。黒松-飯浦間19地点のデータだけで石東地域を欠いてはいるが、なかなか興味深い呼応と言えよう(ただし、広島県では「好きなことば」が関西:82・東京:46と断然関西なのに、バカ系124・アホ系96となっている)。

 

 さて、本題の標準語・新方言の浸透についての分析であるが、データが多すぎるので、選別を加えた。

 153項目のうちから、方言の広く残っている語、あまりマージナルでない語を選んだ。方言というと語彙が取り上げられることが多いが、同じ日本語なのだから、地方語形と京都語形、東京に基づいた標準語形は共通しているほうがむしろ普通である。「山」は「やま」であり「川」は「かわ」だ。「蛙」は石見部ではみな「カエル」の回答であるが(波根の老人に「ギャーコ」が1例のみ)、「島根県方言辞典」によれば、「蛙」の方言は出雲部にはあるものの、石見部にはほとんどない。つまりこの地域では地方語形と標準語形が同一であったわけで、標準語の浸透によるものとは言いがたい。

 断定の助動詞「だ」も、益田地域の「じゃ」以外もともと標準語と同形である。益田地域の若年層で「だ」が現われればそれは標準語化と言えるが、それ以外の土地ではもとの地方語のままであって、標準語の影響と見るべきではない。標準語化を論じるときには、これらのことを注意深く考慮に入れておかなければならない。

 そのようなことを考えて、約半分の次の70項目を取り上げた。カッコ内の代表的な方言例とともに挙げる。語彙(名詞、形容詞、動詞)、文法、発音、そして新方言のカテゴリーでくくってみると、

 名詞25:14へび(クチナワ)、15まむし(ハミ)、18雄牛(コッテ)、19雌牛(オナミ)、20仔牛(ベコ)、24ものもらい(メボイト)、25つむじ(ギリ)、32末っ子(オトンボ)、55つらら(ナンリョー)、62返礼の品(トビ)、63ふすま(カラカミ)、67どくだみ(ジューヤク)、68彼岸花(エンコバナ)、74かぼちゃ(ナンキン)、75じゃがいも(キンカイモ)、76とうもろこし(マンマン)、78材木などのとげ(スバリ)、104いくつ(個数)(ナンボ)、105いくつ(年齢)(ナンボ)、106いくら(ナンボ)、36お手玉(オジャミ)、38片足跳び(ケンケン)、39かたぐるま(ビンビク)、49めんこ(パッチン)、51びり(ドベ)(36・38・39・49・51は児童語。カッコ内の語は代表的な方言)

 形容詞7:85おそろしい(オゾイ)、87まぶしい(マバイー)、88くすぐったい(コソバイ)、90大きい(イカイ)、91小さい(コマイ)、92ふとい(イカイ)、93ほそい(コマイ)

 動詞8:84びっくりする(タマゲル)、110借りる(カル)、113くれる(ゴス)、114捨てる(ホール)、143腹が立つ(ゴーガニエル)、144かたづける(ナオス)、146なくなった(ミテタ)、152帰る(イヌル)

 文法関連20:108進行態、109結果態、122来ない、123来なかった、124行く(敬語)、125行った(敬語)、129だ、127だろう、141でしょう?、131じゃないか、128から、130だから、135行けば、132しなければ、133ならない、136いけない、137(いけない)よ、153(帰る)よ、145わからなく、156起きよう

 発音5:147高くない、149買った、150出した、155税金、156 JR

 新方言関連:じゃんけんの掛け声(最初はグー)、50自転車(チャリンコ)、138とても(メッチャ・チョー)、139むずかしい(ムズイ)、142気味が悪い(キモイ・キショイ)の5項目+次の5項目:90大きい、91小さい、143腹が立つ、131じゃないか、145わからなく

 地点としては、大田・浜田・益田とその両隣の駅(久手・静間、下府・西浜田、石見津田戸田小浜)に、大田と浜田の間が空きすぎているから温泉津を入れて、10地点をピックアップした(温泉津を入れれば、沿線の旧郡安濃郡・迩摩郡・那賀郡・美濃郡すべてがカバーできる)。回答者が各地点6人だから、1項目につき60の回答となる。

 その上で、該当する回答があれば1ポイント、該当するものが複数回答のうちのひとつだった場合は0.5ポイントとして計算して、標準語や新方言の浸透の程度を数字で出してみた。

 数字は取り上げる語によっていくらでも変わるのだから、相対的な目安に過ぎない。だが、同一基準であるから年齢層による比較には有効だし、市心部(益田・浜田・温泉津・大田の4地点)と周辺部(大田・浜田・益田それぞれの両隣2地点、計6地点)、また地区別(大田・浜田・益田のそれぞれ3地点ずつ。大田地区:久手・大田・静間、浜田地区:下府・浜田・西浜田、益田地区:石見津田・益田・戸田小浜)の比較にも有益な情報になるだろう。

 まとめると、下の表のようになる。

 

 経験的・常識的に予想できることを数字としても示すことができた、というだけのことではある。標準語や新方言の浸透は低年齢層で大きく、高年齢層で小さい。市心部では周辺部より大きい、等々。また、大田地区で標準語化が進行し、益田地区でそれが遅い、という傾向も見られた。なぜなのかわからないが、石東は西中国方言と雲伯方言の境界地域・端境地帯なので、第三勢力が浸透しやすいのかもしれない。一方で、新方言の発現は益田地区のほうが大田地区より多く、標準語の浸透と相補的になっている。

 概して方言語彙(特に名詞)はマージナルなものに残る。「あめんぼ」の方言が標準語形に置き換わっても、残念ではあっても悲劇ではない。記録に残ってさえいれば。今標準語となっているもの自体、「とうもろこし」「かぼちゃ」などのように方言のひとつが標準語とされてしまったというものが多い。柳田の周圏論「蝸牛考」で有名な「かたつむり」も、京都を中心に次々に広まっていた「snail」の方言のひとつであり、もし関西方言を基に標準語ができたなら「デンデンムシ」が標準語になっていたはずだ。

 地方語で真に注目すべきは、語彙(標準語浸透率:59.9。少ないほど方言の勢力が強い)ではなく文法(同:24.8)であり、語彙の中では、ものごとを表わす名詞(60.0)より、それの見方・心のあり方である形容詞(58.1)だと言えるだろう(動詞は61.1)。

 

 方言がゆるぎなく勢力を保っている語を見てみると、まず「西日本標準語」とでも言うべき一連の言い方がある。西日本では、東日本の「ナイ」に対して否定に「ン」を使う。「来ない」(標準語浸透率:5.8。以下同じ)が「コン」、「いけない」(1.7)が「イケン」となる。だから「しなければ」(0.8)「ならない」(1.7)も標準語と同一にはほとんどならない。個々の語彙と違い、こういう体系的な文法現象はびくともしていない。その点でおもしろいのは、「(だから)言ったじゃないか」(4.2)が「言ったジャン」とか「ジャンカ」となる言い方である。「ジャン・ジャンカ」はいわゆるハマ言葉で、新方言とされるものだが、「じゃないか・じゃない」の「ない」が「ン」となれば「ジャンカ・ジャン」であるわけで、規則的な「西日本標準語」化によるところもあるのではあるまいか。

 また、「いくつ・いくら:48.0」の意味の「ナンボ」、「くすぐったい:13.3」の「コソバイ」、「つむじ:38.1」の「ギリ・ギリギリ」、「高くない:33.1」の音便の「タコーナイ」、「買った:61.7」の「コータ」などは、関西地方と共通するという下支えがあるためか、若年層でも勢力がある。「なくなった」(40.0。ただし益田・浜田地区のデータのみ)を「ノーナッタ」と言うのもそういう音便だが、ここでは方言で「ミテタ」もよく使われる。

 「行けば」(35.0)を「イキャ」と言うのは方言としたが、東京でも普通のいわゆる縮約形(「している」が「してる」、「では」が「じゃ」となるような)とも見られ、「標準縮約形」として方言扱いすべきではないのかもしれないが、「辞典 新しい日本語」では新方言とされていることもあって方言と見ておいた。

 標準語にない、代替できない語は標準語化しようがない。材木などの「とげ」(9.3)を意味する「スバリ」は、これよりほかに言いようがない。標準語では材木などの「とげ」もバラなどの「とげ」もともに「とげ」と言うのだが、この性質の違う両者ははっきり区別すべきで、それを標準語が提供できなければ、方言を使うまでだ。むしろ標準語にこの方言を取り入れてほしいくらいである。

 標準語ではともに「ている」としか言えない進行態(12.5)と結果態(15.7)を「ヨル」と「トル」で区別することもそうで、明らかに違うふたつの状況を、標準語のように「葉が散っている」ひとつでなく、「葉がチリヨル」(進行態:いま葉が散っている)・「葉がチットル」(結果態:葉が散ってしまっている)と分けて言い表せれば便利であり、この弁別は失われつつあるようにも見えるが、まだ根強い。

 ここでは調査されていないが、標準語では区別できない状況可能(この酒はすっぱくなっていて飲むことができない)と能力可能(あの酒は強すぎて飲むことができない)も、この地域では「ノマレン」「ヨーノマン」と区別していると思われる。

 「ケー」(から:9.2)もゆるぎないもののひとつだ。方言はこういうところに残るのだろうと思わせる。概して文末表現や接続表現に方言は強い。

 児童語を見ると、方言と標準語のさまざまな交わり方がそこに出ている。子どもだけでする遊びは低年齢層ではほとんど標準語になってしまっているが、進み方は年齢層ごとにくっきりと違う。「メンコ」(44.1。高年齢層:7.5、中年齢層:30.0、低年齢層:97.4)が好例だ。大人が子どもにしてやる「肩車」(65.0)のようなものでは、大人の言い方が伝わるため割合に方言が残る(大田地区では子どもも「かたぐるま」と言うが、そこでは大人ももう「かたぐるま」と言っているからだ)。「ドベ(びり:31.7)」は子ども・大人ともに使う語だから継承されているのであろう。「ケンケン」は、長たらしく説明的な標準語の「片足跳び」(2.5)に置き換わるべき何のいわれもない。ジャンケンの掛け声は、「最初はグー」とまず言うのがドリフターズ発祥で浸透してきている。

 

 「行く」の敬語(47.3。「行った」の敬語では28.4)では「いらっしゃる」がないというのも特徴的である。方言として「なさる」が変じた「ンサル」(「イキンサル」)、標準語形では「れる・られる」型敬語の「行かれる」が広まっている中、「いらっしゃる」は仁万の中年男女にあるだけだ。標準語の浸透といっても、そのあり方は選択的であるようだ。

 「くれる」(67.8)を意味する語には「ゴス・ゴセル」のほかに「ヤンサル」がある。授受表現のうち、授の「やる」(今は「あげる」が一般的)と受の「もらう」に対して、「自分に授」のとき「くれる」となるのは不規則で、外国人の日本語学習者が困ることのひとつだが、そこを「やる」の敬語で対応するなら、やりもらいの規則性が保てる。

 「ものもらい」(14.0)もおもしろい。標準語となってしまっているこの語は、要するに「乞食」であり、この地域の方言「メボイト」の「ほいと」も「乞食」の意味だ。それは、柳田国男が論証したように、近隣からものを貰い受けて食べれば治るというまじない的療法による名前だ。「メボイト」が略されて「メボ」になり、それが語源俗解によって「メイボ(目疣)」となったのだろう。「島根県方言辞典」は麦粒腫の標準語形を「めいぼ」としているが、誤りである。「ものもらい」を「モライモノ」と言うのも語源俗解であろう。

 

 新方言とは、「若い人が」「標準語にない言い方を」「くだけた方言的場面で」使っているもので、「若い世代に向けて増えている」「標準語・共通語と語形が一致しない」「地元でも方言扱いされている」「改まった場面で用いられない」等の条件に当てはまるものをいう(井上史雄・鑓水兼貴編著「辞典 新しい日本語」、東洋書林、2002、p.104f.)。標準語や他の方言との接触による変化などによって比較的新しく成立した表現とされる。

 ここでは、標準語でない語で、広戸惇・矢富熊一郎編「島根県方言辞典」(島根県方言学会、1963)になく、「辞典 新しい日本語」にあるものをそれと認めた。首都からマスコミ経由でもたらされたものが多いようだが、「ブチ」「バリ」のように近隣から流れ込んできたものや、「ホカス」など関西方言が入ってきたものもあるし、独自の発展かと思われるものもある。

 「very」の意味の語は昔からさまざまな新しい表現が現われてきたところで、金メダリストも使った「チョー」が流行ったのも古いことでないし、今は若年層で新方言「メッチャ」が優勢となっている(新方言率:低年齢層で82.5)。そもそも、今は標準語とされている「とても」自身が、「とてもできない」のように否定とともに使われるものであったが、いつからか肯定とともに「very」の意味で用いられるようになった。1901年に長野県上伊那の郡境あたりで初めてその言い方(「トテモ寒いえ」)に接した柳田国男は驚いている。

 高齢者で方言「ゴーガニエル」など、若年層で新方言「ムカツク」(新方言率:低年齢層で89.5。「ハラタツ」も新方言とカウントした)、その中間で標準語「腹が立つ・頭にくる」(標準語率:45.8)が使われる「get angry」の意味の語は、三者の時間的分布を示す地層のようになっているのがおもしろい。

 「コンカッタ(来なかった:6.9)」が新方言とされるのはちょっと驚きだが、たしかに、本来の方言は「コダッタ」だったようである。これはかなり古い時期に広がった言い方であり、1932年までにはこの地域でも使われていたらしい(「辞典 新しい日本語」、p.248)。今では「コン」の過去形は「コンカッタ」と言って何の疑問もない。「わからなくなる」(7.6)を「ワカランクなる」と言うのは、いま若年層から広がりつつある新しい言い方であるが(新方言率:低年齢層で80.0。「ワカランヨーニなる」が本来の方言だ)、「ワカランカッタ」-「ワカランクナル」は「大きかった」-「大きくなる」の規則性を踏襲しているわけで、時間差のある規則性の獲得現象と見られる。

 回答中に「辞典 新しい日本語」にない語がいくつか見られた。「ビクル」「コショイ」などである。新語辞典の宿命だが、新語新表現は次々に現われているのだから、少々古くなれば漏れがあって不思議でない。これらは、「きもちわるい」が「キモイ」、「むずかしい」が「ムズイ」になったように、「びっくりする」(45.0)が「ビクル」、「こしょばい」が「コショイ」となったと知れる(なお、新方言「キモイ・キショイ」の発現率は低年齢層で72.5、「ムズイ」は同67.5)。

 「コショグッタイ」「コショバッタイ」というのもあった。「とらえる」と「つかまえる」「とらまえる」になったように、方言「コショバイ」と標準語「くすぐったい」の合成でこれらの語もできたと思われる。どこで発生したものかわからないが、「辞典 新しい日本語」によれば「コチョグッタイ」が仙台にあるようだ。

 

 国立国語研究所「日本言語地図」(1966-1974)での標準語形使用率は37%(82項目中)であり、同じ項目で20世紀末期の中学生の使用率は76%だったという(「辞典 新しい日本語」、辞典解説2)。この分析は特に方言のよく残っている項目を取り上げ、調査方法も算定方法も違うので比較にはならないが、参考までに書いておくと、65項目で50.5%だった。低年齢層では65.9%、高年齢層で35.5%である。印象で言えば、かりに「日本言語地図」と同じ項目で調べてみても、この地方の低年齢層における標準語使用率は76%より低いのではないか。新方言が無視しがたい大勢力になっているからだ。

 言語は常に変化する。これまでもそうだし、これからもそうだ。変化しないならそれは生きた言語でないということだ。その変化の方向のひとつは明らかに標準語化であり、今の低年齢層の成長によってさらに進んでいくであろう。だが、その標準語化も選択的に行なわれているようで、西日本一般の特徴は失われない。標準語化の一方で新方言の発生とその受容という現象も同時に進んでいる。新方言の受容もまた選択的であるようだし、保たれ続ける旧方言もある。変化を重ねつつ、薄まりはしつつも、地域のことばの特徴が失われることはないと結論していいだろうと思われる。

 

 

名詞(25)

回答者数

標準語形回答者数

1453

872

60.0

高年齢層

496

181.5

36.6

中年齢層

485

304

62.7

低年齢層

472

386.5

82.0

市心部

587

373

63.5

周辺部

866

495

57.2

大田地区

434

278

64.1

浜田地区

437

271

62.0

益田地区

436

236.5

54.2

 

形容詞(7)

     

420

244

58.1

高年齢層

140

55.5

39.6

中年齢層

140

84.5

60.4

低年齢層

140

104

74.3

市心部

168

99

58.9

周辺部

252

145.5

57.7

大田地区

126

77.5

61.5

浜田地区

126

81.5

64.7

益田地区

126

58

46.0

 

動詞(8)

     

452

276

61.1

高年齢層

150

75

50.0

中年齢層

152

86.5

56.9

低年齢層

150

114.5

76.7

市心部

180

111.5

61.9

周辺部

272

164.5

41.0

大田地区

126

98.5

78.2

浜田地区

143

85

59.4

益田地区

141

68.5

48.6

 

語彙(40)

     

2325

1392

59.9

高年齢層

786

312

39.7

中年齢層

777

475

61.1

低年齢層

762

605

79.4

市心部

935

583.5

62.4

周辺部

1390

805

57.9

大田地区

686

454

66.2

浜田地区

706

437.5

62.0

益田地区

703

363

51.6

 

文法(20)

     

1159

288

24.8

高年齢層

390

80.5

20.6

中年齢層

393

87.5

22.3

低年齢層

376

121

32.2

市心部

466

114.5

24.6

周辺部

693

171

24.7

大田地区

347

93.5

26.9

浜田地区

358

104

29.1

益田地区

348

60

17.2

 

発音(5)

     

298

228.5

76.8

高年齢層

99

59.5

60.1

中年齢層

100

79

79.0

低年齢層

99

89

89.9

市心部

120

92

76.7

周辺部

178

137

77.0

大田地区

90

74.5

82.8

浜田地区

88

64.5

73.3

益田地区

90

63

70.0

 

新方言(10)

回答者数

新方言形回答者数

598

190.5

31.9

高年齢層

199

10

5.0

中年齢層

200

55

27.5

低年齢層

199

125.5

63.3

市心部

240

82

34.2

周辺部

358

107.5

30.0

大田地区

180

54.5

30.3

浜田地区

180

58.5

32.5

益田地区

178

62

34.8