ボルネオだより/かなカードを使ったカタカナ習得

 今までは大学の日本語学科で教えることがほとんどだったから、この任地に来てとまどうことはいろいろあった。
 前任からの申し送り事項に、個々の学生について「音読がまだおぼつかない」だの「やっと音読ができるようになった」だのと注記があるのに「?」と思った。音読ができない? 声帯に異常でもあるのか? 「二足歩行ができるようになった」と申し送られた体育教師ならそう感じるであろうように、いぶかしく思った。来てみてわかったのは、かなが十分入っておらず、文字を解読する段階なのがかなりいるということだった。なるほど。日本語専攻なら初めにしっかり叩き込まれるからまず見られない現象だが、異形の文字を前にしたら自然なことではある。自分自身をふりかえっても、一応習ったアルメニア文字やカンナダ文字など、教室を離れたら一瞬で忘れてしまった。
 ここの日本語講座は、夕方仕事が終わった時間に低廉な受講料で週1回受けることができる。試験はない。開講時期は不定。休暇はなく、受講生は自分の都合で適宜欠席する。宿題もない(出してもいいのだが、あまり意味がないのでほとんど出さない)。まじめに上達にはげみ、N1に合格するような者もいる一方で、さほど上達するでもなく、やめるでもなく、何年も通う者もいる。
 日本の公民館講座とも違う。あれは日本で暮らしている外国人が通うのだから、授業時間以外でも実際的に毎日日本語と接している。日本でもマイナー言語の週1回の趣味講座があって、10年も通っているなんて人もいると聞くが、ちょうどあのようなものだ。だからいろいろな受講者がいる。
 漢字どころではない。漢字についても振幅は大きく、ゼロから始めるマレー人と中文書や華字新聞を当たり前に読む華人の中間に、漢字がほとんど読めなかったり、少ししかわからなかったりする中華系がざらにいて、グラデーションをなしている。だから漢字を教えるのもそれはそれでたいへんなのだが、そこが問題ではない。問題はかなだ。
 本当はひらがなだってあやしげなのが初級中盤後半でも数人いるのだが、それは本人にがんばってもらうしかない。とりあえずはカタカナになじませる必要があると思って、ひらがな・カタカナカードがあるのを幸い、これを使ったゲームを考えた。それを以下に報告する。

1.かなカードを使ったカタカナ習得のためのゲーム(ひらがなは習得したが、まだカタカナが十分でない学習者のために)

ひらカタババ抜き
・ ババ抜きの要領で、ひらがな・カタカナの同音字のペア(「あ」と「ア」のように)を場に出し、早く手札Handがなくなった者が勝ち。
・ 「を」は使わず、「ヲ」をババとする。
・ 全部のカードを使うと多すぎてなかなか終わらないので、「と」までと「な」からの2回に分けてやったほうがいい。

ひらカタ合わせ
・ 山札Deckを1枚ずつめくり、めくった札と場の札Cards on the Boardとでひらがな・カタカナ同音字のペアができたら、自分のものになる。
・ ペアができたら、続けてもう1枚山札をめくることができる。
・ 取った札の数の多い者が勝ち。
・ はじめにひらがなカードとカタカナカードがうまく混じり合うようにしておく。

カタカナかるた
・ いろはかるたの要領で、カタカナの札を取り合う。
・ 多く取った者が勝ち。
・ まずいろはかるたをして、そのあとでするといい。
・ 読み札はカタカナ語だけでもいいし、「アニメにはまって日本語習う」「コピーしてからコーヒーを飲む」「スキーの好きなスイス人」のようにことわざ風に工夫してもいい。

2.ひらがなカードでの語彙学習(ある程度ボキャブラリーが増えた段階で)

石垣くずし
・ 2つのチームの対抗戦でするといい。
・ まず「を」を除いた45枚のカードを50音順に並べる。
・ ジャンケンで順番を決め、石垣のように並んだカードから数枚を取り出し、単語になるように並べる。そのカードは自分のものになる。
・ 順に行ない、カードがなくなるか、もう単語が造れなくなったら終わり。
・ 取ったカードの多いチームが勝ち。

付け字返し
・ 2つのチームの対抗戦でするといい(Aチーム・Bチーム)。
・ 46枚のカードを配り、23枚を自陣に1列に並べる。
・ ジャンケンで順番を決め、まずAチームが自陣のカードから1枚を場に出す。
・ 相手Bチームは自陣から1枚を出して、2字の単語を作る。
・ Aチームがさらに自陣から1枚を加えて3字の単語を作ることができたら、そのカードはAチームのものになる。できなかったらBチームのカードとなる。
・ さらにBチームが自陣から1枚を加えて4字の単語を作ることができたら、そのカードは自分のものになる。
・ 文字の並びは自由。たとえば「か」「さ」に「な」を加えて「さ」「か」「な」にしてもいいし、「ま」を加えて「ま」「さ」「か」にしても、「た」を加えて「か」「た」「さ」にしてもいい。
・ 順に行ない、カードがなくなるか、もう単語が造れなくなったら終わり。
・ 取ったカードの多いチームが勝ち。
・ 長考する者がいて長くなることがあるので、考える時間を制限したほうがいい。

 この2つのゲームでは、促音「っ」・拗音「ゃ」「ゅ」「ょ」がなく、長音・撥音「ん」は一度しか使えないので、漢語はほとんど作れないし、ひらがなだから外来語もだめ。必然的に和語の知識が要求されることになる。

 こんなゲームで能力が劇的に改善するわけではないのだが、それでも何かしらの効果はあるものと信じる。