田舎観光のために

石見地域の観光業ははかばかしくない。近年海外から日本へ来る観光客の数が驚くほど増えていて、できればそれを招き寄せたいものだが、この地域には観光資源がほとんどない。わずかに津和野や石見銀山があるくらいで、それも石見全体から見れば偏った位置にある。津和野は島根県民以外には山口県と認識されているに違いないし、石見銀山は「出雲銀山」のようなもので、出雲大社から足を延ばすという訪問のされかたが多い。結局のところ、石見の観光となるといわゆる「田舎ツーリズム」によることになってしまうだろう。
その「田舎ツーリズム」にしても、外国人に対してはどういうものを提供したらいいのか。日本人が相手でも、田舎と都会の感性は異なるためいろいろ齟齬する点があるのに、外国人となると、こちらの興味の持ち方とはまるで違った感じ方をすることが多く、なかなか測りがたい部分が大きい。モニタリングが必要であるゆえんだ。
外国人観光なら、すぐ近くに旅行意欲の高い巨大人口があるのだから、これをまずターゲットとすべきである。中国人の旅行目的が一時の爆買いに見られるモノ消費から体験型のコト消費に移ってきているというのは、「田舎ツーリズム」にとっては追い風になることだが、そこでも彼らが何を望み何を喜ぶかを正しく測ることが肝要になる。
何事でもそうであるように、大切なのは「敵を知り己を知る」ことだ。自己認識と他者の認識は食い違う。人間は自分の都合のいいように考える傾向がある(田舎ほどその傾向が強い)。相手を知りたければ、こちらで勝手にこうだろうと決めつけず、相手に教えてもらうように努めるべきである。こちらで考えたものを押しつけるのでなく、自分で見つけてもらう。そのためにはモニターツアーを行なう必要があり、それについて従来のものとは違う積極的で多角的なモニタリングを提案したい。それは、日本語専攻の中国人学生を多数招くというプランである。


具体的にはこうである。
・中国の大学で日本語を学んでいる学生10人を2週間招待する。
・広島空港までは自費で来てもらい、そこからは送迎を含めて無料。
・宿舎は、大きめの空き家を借り上げて整備し、そこに共同生活。畳の上に布団。中国の大学は全寮制で、集団生活には慣れているので問題はない。Wi-Fi設備は必須。
・食事は、朝夕は炊事当番を決めて自炊。食材はこちらから地産のものを提供。もちろん毎日中華料理を作るだろうから、イノシシ肉やシカ肉、魚を与えれば、ジビエや魚料理の中華風ヴァージョンのアイデアをもらうこともできるのではないか。
・交通手段として、自転車を提供するほか、運転手つきの車3台を常駐させる。運転手は学生アルバイトで、世話係を兼ねる。
・午前中は日本語教室。地域のボランティア教室の教師の応援を頼む。日本語教師をしていない地域住民もまきこんで、歌や方言を教えてもらうのもいいだろう。生け花などの文化も教える。詩吟の手ほどきも、漢詩の日本的受容としておもしろかろう。
さらに、教えるばかりでなく、教えてももらう交流の場にもしたい。中国人学生が地域住民に簡単な中国語会話の手ほどきをするとか、太極拳や今むこうの中高年女性に大人気の広場舞を教えるなど。書道交流も考えられる。漢字については交流し、ひらがな書道を教えるというような。日本と中国の料理を相互に教え合うのもいい。学生にとっては、ただ授業を受けて教わるだけでなく、教えることで日本語の運用能力を高めることができる。
・午後および土日はさまざまな観光プログラムに参加する。
こちらでもあらかじめ各種のプログラムを用意するが、学生のほうでこんなことをしたいという希望があれば積極的に取り上げる。
こちらで用意したプログラムについても、決して全員で統一行動をとらせるのではなく、それぞれ選択自由、希望者のみが参加し、車1台に乗れるほどの少人数で行動する。できるだけ多くの経験をしてもらうことと、それぞれのプログラムの人気を測る「投票行動」ともなることを期待して。大学で言えば、午前は必修科目、午後は選択科目で、自分で選んで自分の時間割を作るということだ。
プログラムの案としては、
・県内観光旅行(津和野、石見銀山出雲大社、松江等々)
・石見神楽鑑賞、笛・太鼓・舞を習う、面作り体験
・水泳教室(中国人には泳げない者が多いので需要があるだろう)、海水浴、浜遊び、アクアス見学(バックヤード見学も含む)
江の川でカヌー教室/三瓶登山(火山の例として)/高島渡航
・キャンプ
・温泉めぐり
・磯釣り/川釣り/魚市場探訪/大魚解体実演
・紙漉き/木工/焼き物体験
・和裁(自分のゆかたを自分で仕立て、夜に庭で花火)
・ゲートボール/空手・柔道など
・旭の刑務所見学
・滝行
・祭りがあればそれを参観
等々が考えられるが、ほかにもいろいろあるだろう。


参加者の義務としては、最終日に最もよかった体験を報告する発表会を行なう。スマホがあるので写真や動画をふんだんに使うことができるだろう。地域の人たちにも来てもらう。レポートをまとめて発表するのは、彼らの日本語の勉強にもなる。それを文書でも提出し、また発表のあとディスカッションもして、人気不人気の点、問題点改善点を検討して、今後のツアー作りの参考とする。
また、SNSで発信してもらう。学生だから発信力は高くないが、かける10として数量でいくらかは補える。
基本的にすべて日本語で行ない、通訳が必要な場面では国際交流員に頼む。
これを1年だけでなく少なくとも3年間続けて、さまざまなデータや経験を蓄積する。


このプロジェクトには3つの目的があり、それぞれに効果が見込める。
主目的である
1.ツアー開発のための観光モニター
のほかに、
2.地域住民の国際交流
ともなり、地域に刺激を与え、活気を呼ぶこともできるだろう。
さらに、
3.知日派育成への貢献
もろもろの悪しきことどもの温床である無知の領域を縮め、日本語教育に力を添えて、わずか10人とはいえ中国人の日本語力を上げ石見をよく知る人材を育てるのは、よい種まきとなろう。


日本語専攻の学生を使ったこのプロジェクトは、双方にメリットがある。学生はコストが安く、フットワークが軽く、将来性もある。得るもの多く失うもののない(金銭的にも少ない)試みだと思うが、どうだろう。
(5月5日、避難中のSeeSaaブログ sekiyoushousoku.seesaa.net に掲載したものを再掲)