QQする私

ビザのつごうで、盆明けすぐに四川省へ渡った。だが、到着翌日に健康診断を受け、書類を渡すと、もう用事はない。まだ休み中で、学生も先生もおらず、図書館も閉まっている。どこかへ出かけたらよさそうなものだが、暑いとどこへも行く気がしない。雨が降れば涼しくなるが、降ったら降ったでますますもって行く気がしない。で、どこへも行かなかった。持ってきた本は読んでしまうし、インターネットはつながらないし、さっぱりすることがない。スマホはある。着いて早々SIMカードを買って、使える状態にある。すると、QQをいじるということになる。
私はどこまでも時代遅れで、それを多少誇りに思うくらいには偏屈で、それで世の中に迷惑をかけるわけでもないから、それですませてきた。私一人が困るだけでいいなら、困ればいいだろう、ぐらいの料簡である。ITなど横目で見てきた口である。
だが、やはり世間はそれではすまない。学生というものがいるのだ。ベルリンの壁が崩れたときには生まれてもいなかった彼らが、思うさま時代遅れにはさせてくれない。Facebookの誘いが来る。QQ(中国版ツイッター)の誘いが来る。学生と関わるのが仕事だ。踊ろうと誘われれば、おぼつかなくも踊ってしまう程度には人がいい。Twitterは誘いがなかったのでせずにすんでいる。Skypeもしかり。パソコンに初めから搭載されているようだが、やりかたはまるで知らない。
携帯電話は、学生に勧められたわけでなく、買った。買わなければならなかった。宿舎に固定電話がないので。そういう必要に迫られてのことだから(そのときも学生に手伝ってもらったし、料金の払いも全部学生の世話になっている)、いちばんの安物を買った。メッセージはアルファベットしか送れない。トルコやインドはそれで問題なかったが、しかし中国に来るとそれではいけない。漢字の民の彼らは、ローマ字なんか使わない。1年生ががんばって漢字かな交じりで書いてくるのに、私の携帯では読めない。これではいかんとスマホに買いかえた。だからスマホのほうは学生がらみだし、スマホを持ったら持ったでQQをやれと言われる、というわけだ。
買ったって、登録したって、やりかたなんかわからないのだ。いや、登録自体がすでに怪しい。学生が設定してくれて、「はい、どうぞ」と渡されるものを使う。ずっとそうしてもらってきて、年寄りじみた話だなと思っていたが、そうするうちに本当に年寄りになった。
そんな人間が、自発的にQQである。個人的には、特筆ものである。1日に1回ツイートするなんて、世の習いからいけば何ということもないのだけど、私的には事件といっていい。このブログも月に1度の更新がせいぜいなんだし。
で、授業が始まるととんとしなくなったQQツイートを、取りまとめてみた。新しい土地に着いた当初の所見である(文中河南省焦作は前任地、四川省自貢は現任地。中国はこの2定点で観察することになる)。


ここは道が狭い。坂が多い。焦作から来ると戸惑うが、すぐ慣れるだろう。日本もそうだから。海さえあれば、かなり日本だ。
地震があるのも日本っぽくて、この前の雲南省地震はここから250キロほどのところだ。けっこう揺れたらしい)


自貢の本屋で焦作市の地図を売っていたよ。河南省には洛陽も開封もあるのに、なぜ焦作? そんなに焦作へ行きたいの? 私は行きたいけどさ。


谷崎潤一郎芥川龍之介は、華北華中を旅行して、谷崎は江南が、芥川は北京が気に入った。中国は広いから、きっと気に入るところが見つかる。私の場合は、喜怒哀楽を共にした学生のいるところが故郷になる。焦作は故郷のひとつだ。自貢もそうなることを願っている。


四川の学生も「な」と「ら」の区別ができないようだ。「信陽人」はここにもいるのか。また、ここの人たちは「日本」を「ズーベン」と言う。


生まれて初めて蛙を食べた。兎の肉もここの名物らしい。質問:蛙の子どもを何と言う?


「な」と「ら」を間違える、蛙を食べる、お茶ができる。信陽は南の最北端なんだね。


四川は雨が多い=水たまりが多い=服が危ない。質問:服に水たまりの水がかかることを何と言う?


焦作の野良犬は小さかった。ここのは中型だ。彼らは太陽に吠えるんだね。質問:「野良犬」は何と読む? その反対語は?


木が多いので、木陰が多い。晴れた日は日射しを避けて木の下を、雨の日も雨をよけて木の下を歩く。木はえらい。質問:「木陰」、この字は何と読む?


両端に籠を吊るした天秤棒を担ぐ人が多い。負いこも見る。竹が活躍だ。何だかうれしい。


北京では1元もほとんど硬貨だった。焦作では1元は紙幣が多いが、5角や1角は硬貨だった。自貢では、1元はもちろん、5角1角の紙幣もよく見る。硬貨の流通は北京からの距離に比例しているのか? 質問:硬貨をカタカナ語で何と言う?


自貢は坂だらけだ。この宿舎もかなりの坂をのぼった上の5階にある。年寄りにはきつい。なのに見晴らしは全然なく、窓からは両側とも隣の寮の建物が見えるだけ。無駄に高い。質問:人生には3つの「坂」があると言われる。上り坂と下り坂と、もうひとつは何?


部屋を掃除すると、ゴミが細かくて黒い。焦作のゴミは白っぽかった。湿気のためか? PM2.5はないようだけど。


こう雨が多くては、中秋の名月は見られそうにない。河南はきっといい月夜だろう。しかし、自貢の夜は虫の音が涼しい。昼は蝉の声がうるさいくらいだった。焦作で蝉の声を聞いたっけ?


学生たちと恐竜博物館へ行った。なかなかおもしろかった。きょうも雨。月夜は期待できそうにないが、まあいいか、恐竜見られたから。


自貢に来てからひと月たった。きょうは珍しく晴れだけど、日記を見たらこの35日間で20日雨。降らなかった日もだいたいが降りそうな曇り空。焦作で雨の日は1年で20日もなかったんじゃないか? ただし、あそこでは晴れていてもスモッグがかかっていた。足して二で割れたらいいのにね。


自貢から1年生のキャンパスがある黄嶺までの道は、まるでインドだった。植物名は知らないが、シュロやバナナみたいなのが茂り、竹もぼうぼうで温帯の竹の生え方ではない。バンガロール郊外で見たぞ、こんな眺め。


隣が男子寮で、夜はうるさい。ときどき奇声をあげる。河南理工大学もそうだったかなあ? あそこでは笛の音がよく聞こえたのを覚えているが。今度焦作へ行ったら、夜男子寮の周りを散歩してみよう。


中国は大きな国だ。河南省四川省じゃなくて、河南国、四川国だね。気候も地形も植生も全然違う。気候や地形だけじゃない、人間も違う。河南では私より背が高い者はたくさんいたが、ここではあまりいない。女の子にはすごく小さいのもいる。日本人サイズだ。


地図はおもしろい。上海からだと、北京より私の町や広島のほうが近い。魯迅が病気のとき、内山完造は雲仙で静養することを勧めたというが、実際上海からは長崎のほうが鄭州厦門より近いのだ。愛国の北京人、売国の広州人に対し、上海人が出国するのは当然だね。